測定値の見える化
ブリスオーディオでは、ケーブルやアンプなどの品質を職人の耳で確かめながら音質の設計を行っています。
一方、開発や出荷前のテストでは一定の基準を満たすかどうかを厳密に確認する必要があるため、測定器を使って数値的な確認も行っています。
また、定量的なデータから音質に関わるパラメータを見つけ、設計の指針を得ることもあります。
ここではブリスオーディオがケーブルやアンプではどのような測定を行い、どのような分析をしているか紹介いたします。
ケーブルの測定
超伝導を除いて、ケーブルには配線抵抗が存在します。
基本的には導体が多くなるほど抵抗値は低くなります。
配線抵抗は抵抗成分、インダクタンス成分、キャパシタンス成分の3種類に分解することができます。
ブリスオーディオではインピーダンスアナライザという3つの成分を個別に測定可能な測定器を用いて線材のインピーダンスを測定しています。
目的としては、どのパラメータが音にどう寄与しているかを調べることであったり、新しく開発した線材が意図した性能になっているかを評価することです。
下図にイヤホンやヘッドホンシステムにおけるケーブルの簡易等価回路を示します。
一般的な電圧駆動型アンプの場合、直列成分のインピーダンスがあると、電流が流れたときにその分電圧が落ちてしまいます。
イヤホンには配線抵抗によって降下した分が差し引かれた電圧しかかからないため、情報量が落ちてしまうことになります。
並列成分であるキャパシタンスは、イヤホンと並列になっていますので、キャパシタンスが大きいほどアンプから見たインピーダンスが低くなります。
インピーダンスが低いと電流が多く流れますので、直列成分による電圧降下をさらに大きくします。
とは言え、キャパシタンスの絶対値が一般的には100pFオーダーとそこまで大きくないため、電圧降下を引き起こすことよりも過渡応答を鈍らせたり、発振のリスクを増大させることのほうが多いです。
抵抗成分
全周波数に渡ってインピーダンスの増大をもたらします。
インダクタンス成分
0Hz(DC)ではインピーダンスが0Ω、周波数が上がるにつれてインピーダンスが増大する成分です。
インダクタンスは付属品より若干高い値ですが、付属品はインダクタンスの低いリッツ線を使用していると思われます。
それと比べても遜色ない値になっているので、特徴的な高域の音質にも貢献していると考えています。
グラフの100kHzからインピーダンスが上昇しているのはインダクタンスによるものです。
キャパシタンス成分
0Hz(DC)ではインピーダンスが無限大Ω、周波数が上がるにつれてインピーダンスが減少する成分です。
MMカートリッジとフォノイコライザーを接続するフォノケーブルでは、ケーブルのキャパシタンスが周波数特性に大きく影響しますので、ケースによっては重要なパラメータとなります。
比誘電率の低い絶縁体を用いているので、導体量が多く導体面積は大きいですが、キャパシタンスはむしろ市販品よりも抑えられています。
インピーダンス
上記3つを足し合わせ、合計の抵抗値として表現したものです。これがケーブルの配線抵抗になります。
導体量が多い線材なので、10倍ほど抵抗値が低い値となっています。
抵抗値が低いほど理想的なケーブルに近いので、よりダイレクト感のある音質になると考えています。
特に低域はボイスコイルからの逆起電力がありますので、低域の再生品質向上のためにも低抵抗化は重要です。
ブリスオーディオのケーブルでは、高音質化施工において電磁波吸収素材を用いているものがあります。
基本的には耳で聴いた上で素材の選定、施工方法を決めていますが、シールド性能を測定し可視化することで、選定や施工方法の参考にしています。
アンテナからノイズを模擬した電波を出し、スペクトラムアナライザに接続した近傍界プローブと呼ばれる電磁波を捉える特殊なプローブを用いて周波数ごとのシールド性能を測定します。(近傍界プローブには電界と磁界の2種類があります。)
アンテナの周波数特性がフラットではないため、シールドの有無の2パターンを測定し、シールド有りの特性からシールド無しの特性を差し引いて相対的な評価をしています。
シールド無しに対してシールド有りではどの帯域でどの程度シールド性能があるかを知ることができます。
上図では弊社の電磁波吸収素材と近磁界プローブを用いて、3kHzから1GHzまで測定しました。
グラフの縦軸がシールド性能、横軸が周波数です。
グラフが上に行くほどシールド性能が高く、10dBmで1/10に減衰、20dBmで1/100に減衰を示しています。
可聴帯域ではない高周波の領域ですが、電磁波吸収素材の有無で音質が変わることを体感しています。
電界に対してのみシールド性能があるもの、電界と磁界の両方に対してシールド性能があるもの等、弊社の中では多様な電磁波吸収素材を音質設計のために使い分けています。
ポータブルアンプの測定
アンプの指標は多岐に渡るため、ここではその一部を紹介いたします。
掲載するデータは弊社のポータブルアンプTSURANAGIを社内に設置されたAudio Precision APx555Bで測定したものです。
出荷前テストでは、測定値に対してリミットを設け、逸脱していないかチェックを行っています。
FFT(Fast Fourier Transform)は、ある時間波形がどのような周波数成分で構成されているかを見るための手法です。
右側の図はFFTのイメージですが、どのような波形も単純なサイン波の足し算で表すことができます。
時間波形を周波数情報に変換・分解してグラフにしたものがFFTと理解いただければと思います。
また、リアルタイムに波形が表示されますので、ケーブルを触ったりボリュームを変えたりしたとき、変な挙動をしないかどうかも確認します。
これにより、低周波にハムノイズが出ていないか、歪は大きすぎないか、ノイズフロアはどのような大きさと分布か、
などを一目で確認することができます。
また、THD+Nも表示されていますが、これは信号を100%の大きさとしたとき、その他の歪とノイズの合計との比率を示しています。
0.0006%とありますが、これは信号に対して歪とノイズの合計が約16万分の1という意味です。
※CH1とCH2は左と右を示しています。
THDは全高調波歪の略で、信号と11次ほどまでの高調波歪の合計の比率を示すものです。
THD+Nとはノイズの部分を計算に含めるか含めないかの違いだけです。
上図は入力振幅を上げていった際のTHD特性です。入力振幅が小さい領域では歪がノイズフロアに埋もれるレベルですので、信号に比例してTHDが改善されます。
また、入力振幅が一定以上大きくなると、出力が電源電圧に近くなりクリップによる歪が出てきます。
小振幅から大振幅まで直線的にTHDカーブを描くものが音質的にも理想的と考えています。
音楽信号は小さい振幅と大きい振幅をいったり来たりしますので、どの領域でも素直に再生することがアンプに味付けをしないことに繋がると考えています。
複数の周波数を持つサイン波を入力したとき、歪の多いアンプだとサイン波の周波数の和や差に歪が出てくる現象があります。
これを混変調と呼びます。
例えば、1kHzと10kHzのサイン波を入力したとき、9kHzや11kHzに不要な混変調歪が出てくることがあります。
今回は周波数が異なる32種類のサイン波を一度に入力し、わざと複雑に混変調歪が発生する状況を作ってノイズフロアとして歪を見ました。
ご覧の通り、時間波形では複数のサイン波が混ざり合っているためノイズのような見た目になっていますが、FFT解析をすると特定の周波数に信号成分があることが分かります。
実際の音楽信号はこういった複数の周波数を持った複雑な信号ですので、それに近い評価方法の一つと言えます。
測定結果では、信号の大きさに対して混変調歪(ノイズフロア)は約30万分の1という微小なレベルだということが分かります。
混変調歪の小ささは、各楽器やボーカルとの分離感やクリアネスに貢献すると考えています。
バランス入力の機器には、チャンネルあたりプラス入力とマイナス入力の2つがあります。
プラス入力とマイナス入力に対して同じ波形のノイズが乗った時、これをコモンモードノイズと呼びます。
コモンモードノイズは主に電源ラインや外界からの飛びつきで乗ってくることが多く、商用電源の低周波ノイズは可聴帯域のノイズ(ブーンのような音)として代表的です。
ここではコモンモードノイズを模擬した信号源をプラス入力とマイナス入力に繋げて、出力から漏れる成分を測定しました。
TSURANAGIには高いコモンモードノイズ除去を行う差動ラインレシーバが初段にあり、入力のノイズを1としたとき、出力に現れるノイズは約3万分の1という大きさです。
特に屋外では、電車やスマートホンなどノイズ源となるものが多く、電磁波が飛び交っています。
こういったノイズを拾ってしまうと再生を邪魔してしまうため、ブリスオーディオではCMRRも重視して設計しています。
TSURANAGIはアンバランス入力もありますが、バランス入力と同じ回路でバランス信号として受信しているため、GNDと信号が同じように揺れるノイズに対してキャンセルする機構があります。
オフセットが大きいとイヤホンやヘッドホンのボイスコイルを焼損してしまうため、オフセットはゼロが理想的です。
TSURANAGIは高精度なDCサーボアンプによってオフセットキャンセルされています。
100μV(1万分の1V)以内に収まっており、理想的な状態に近いことが分かります。